プラスだけでいいんじゃない?

 

私は、

 

腰痛に苦しんだり、スポーツで

体に負担で 苦しんだり、

 

(そういう経験を)して、

この職業[整体師]になった

わけでは、ありません。

 

 

自分自身が腰痛などで、

辛くて、

この仕事に就いた素晴らしい先生方も

いらっしゃいます。

 

 

そういう方々は、

自分が、辛かったり、悩んだりして、

そういう、同じ思いをしている人に

理解が深いので、

 

そういう経験を基に、

日々、職に勤めて いかれたんだと思います。

 

 

そういう方々も素晴らしいです。

 

 

また、

自分自身が そういうシンドイ経験を

していなくても

素晴らしい先生方もいらっしゃいます。

 

こちらの先生方は、

目の前のお客さんを何とかしたいと、

(こちらも)日々、勤められたんだと思います。

 

 

ここで、

私が言いたいのは、

 

自分が、辛い思いをしなくても、

(そういう経験をしなくても、)

人に優しくできるということ。

 

何かシンドイ思いを自分がしなくても、

幸せになれるということ。

 

 

ネガティブなことがないと、

ポジティブなことが来ないなんて、

ない、ということ。

 

 

 

==

〔ネガティブなことが、

 前提になくても、〕

人に優しくしたいと想って、

行動をしたら、

人に優しくできるんです。

 

 

自分は、幸せだな

ということを、

一つ一つ感じていれば、

幸せになっているんです。

 

 

重要なことなので、

もう一度、申し上げます。

 

ネガティブな前提がないと、

ポジティブな状態になれない、

なんて、ない、ということ。

 

 

ただ、シンプルに、

自分が、ポジティブな行動を

するか、しないか、ということ。

 

既にポジティブな状態で

あるということにしているか、

いないか、ということ。

 

 

==

ただ、

「人に優しい」ということでも、

 

①:「そう」いうふうに(優しく)振舞っていって自然と、「そう」なっている。

②:元々、優しい。

③:自分が辛い思いをした。[経験]

④:人から優しくしてもらった。[経験]

 

という、パターンがあるのではないでしょうか?

 

 

①の、「そう」いうことにして、

振舞っていると、「そう」なっている。

これは、この文章の上の文章でも言っているやつです。⇒『人に優しくしたいと想って、行動をしたら、人に優しくできるんです。』→自然とそう なっている。

 

②は、元々、優しい人なら、

それに越したことはなし。

 

③と④の2つですが、

どちらも 経験 を基に、

「そう」なっています。

 

ならば、

自分が辛い方の経験を

しようとするのではなく〔←無意識でも〕、

自分にとって、良い方の〔好む方の〕

経験をした〔呼び込んだ〕方が

いいんじゃないか、と思うんです。

 

 

そういう意味では、

自分が素晴らしいな(こういう感じの人に なりたいな)、

という人と、接すればいいんだと思います。

 

なので、まずは、

そういう人に 出会うこと、会いに行くこと、

をしてゆけば、いいのかな?と思います。

 

※ネガティブの方ではなく、ポジティブの

方に、向かって行けば、いいんです。

 

(遠回りをして、ネガティブを経由

しなくても、ポジティブな状況に

なれるんです。)

 

 

==

 ↓ちなみに、過去のブログです。

 

※ちなみに、他の人からポジティブな状況を奪うと、

(後々に)自分も同様に奪われます。

〔誰かからは分かりませんが。〕

 

 

 

 

朝は それだけで、清々しいですね。

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