制限をしない。(ものごとの捉え方)

 

勝手に垣根を作っているのは、

我々自身なんでしょう。

 

 

 

例えば、

『料理』を作るとき、〔ちなみに私は料理 得意ではないです。。〕

「味」「栄養」について考えたり、

あと、見た目の「芸術性」まで

考えたりするのでしょう。

 

この『料理』という一つのことに対して、

ここでは、「味」「栄養」「芸術性」までしか、

考えていません。

 

自分で、制限を作って考えてしまっています。

 

制限を外して、発想を自由にして、

際限なく考えると、

いろいろ発展してゆきやすいのでしょう。

 

例えば、

食事をする人の「心理状態(のケア)」まで 考えてみるとか、

 

例えば、

(私では結び付かないですが、)

「物理的」に考えてみるとか、

「数学」と結び付けてみるとか、

「歴史」と結び付けてみるとか、

「音楽」と結び付けてみるとか、

、、

ひらめく人には、きっと結び付くという人も

いるのではないでしょうか?

 

 

一つのものに対して、制限なく考えると、

何か突拍子もないものと、

繋がる、繋げる、ことが出来る

のだと思います。

 

 

_

我々は、普段、自分で勝手に、

その『もの』 に対して、

カテゴリーの制限をしてしまっているので、

そこから 外れたものは、

見えなくなっているのでしょう。

 

なので、

ものごとを制限をしないで

見てゆく捉えてゆく

ということをしてゆけば 発想は限りない

のだと思います。

 

自分が、今までの人生で得てきた、

あらゆる知識は、

目の前のもの〔人生の課題、作品〕に対して、

全て活用できる(可能性がある)

ということだと思います。

 

 

 

あらゆる知識は、

何にでも役立つ。

 

きっと、そうなのでしょう。

 

 

 

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