おついち|名前を風景にすると。

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夕暮れの湖には、

一日の終わりを知らせるような光が、

静かに水面へ落ちていた。

遠くには山がある。

空には雲が流れている。

風は強くない。

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ただ、ときどき、

水面の上を細い風が通り過ぎていく。

そのたびに、

夕日の光が、

細かな揺らぎになっていた。

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湖のほとりに、

ひとりの人がいた。

何かを探しているようにも見える。

けれど、

急いでいる様子はなかった。

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ただ、

そこに立ち止まっていた。

しばらくして、

その人は水辺へしゃがみ込んだ。

そして、

そっと水へ手を伸ばした。

指先が水に触れる。

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その瞬間、

小さな波紋が生まれた。

ひとつ。

また、ひとつ。

小さな輪が、

静かな湖面へ広がっていく。

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波紋は、

何かを主張することなく、

ただ広がっていった。

遠くへ。

静かに。

いつの間にか、

どこから始まったのかも分からなくなるほど、

湖の中へ溶けていく。

その様子を見ていると、

不思議なことに、

自分の中にも、

小さな波紋が生まれているような気がした。

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人は、

毎日の中で、

たくさんのものを受け取っている。

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誰かの言葉。

ふと見た景色。

何気ない仕草。

嬉しかったこと。

少し寂しかったこと。

気づかないまま、

通り過ぎていった出来事。

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その一つひとつは、

そのときには、

たいしたことではないように思えるかもしれない。

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けれど、

あとになって、

ふと思い出すことがある。

「あのときの言葉は、

こういう意味だったのかもしれない。」

「あの景色が、

なぜかずっと心に残っている。」

そんなふうに、

時間が経ってから、

初めて気づくものもある。

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湖に触れた手を、

ゆっくりと引き上げる。

水滴が、

指先から落ちていく。

もう一度、

湖を見る。

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さっきと同じ景色なのに、

少しだけ違って見えた。

空も。

山も。

光も。

何も変わっていない。

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変わったのは、

きっと、

こちらのほうだった。

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やがて、

太陽が山の向こうへ沈みはじめる。

空の色が、

少しずつ青へ戻っていく。

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湖に残っていた光も、

ゆっくりと薄くなっていく。

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帰る時間なのだろう。

その人は立ち上がり、

湖をあとにした。

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湖畔から続く道を、

ひとり歩いていく。

さっきまで聞こえていた水の音が、

少しずつ遠くなる。

代わりに、

木々の葉が、

かすかに揺れる音が聞こえてくる。

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足元には、

濡れた土。

小さな石。

落ち葉。

その一つひとつを踏みしめながら、

ゆっくり歩く。

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ふと、

足を止める。

道の脇に、

小さな石があった。

夕暮れの光を受けて、

ほんの少しだけ、

その表面が光っている。

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湖に沈んでいた石なのかもしれない。

どこから来たのかは、

分からない。

その人は、

しばらくそれを眺めた。

そして、

手に取ることなく、

そのまま歩き出した。

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森の奥へ進むほど、

空は暗くなっていく。

けれど、

完全な闇ではない。

木々の隙間から、

まだ少しだけ、

夕暮れの青が見えている。

その先に、

小さな灯りが見えた。

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ひとつ。

道を照らしている。

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近づいてみると、

その灯りは、

思っていたよりもずっと小さかった。

けれど、

不思議と安心した。

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湖は、

もう見えない。

夕日の光も、

もう見えない。

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さっきまでいた場所は、

すっかり森の向こう側になった。

それでも、

なぜか分かる。

あの場所で感じたものは、

消えてはいない。

持ってきたわけでもない。

何かを手に入れたわけでもない。

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ただ、

心のどこかに、

静かに残っている。

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道の先へ、

小さな灯りが続いている。

その灯りを目印に、

また一歩、

歩いていく。

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急がなくていい。

答えを探さなくてもいい。

今日、受け取ったものが、

今日のうちに、

言葉にならなくてもいい。

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いつか、

どこかで、

ふと思い出す日が来るかもしれない。

そのとき、

今日の景色が、

小さな灯りのように、

心の中で、

そっと灯るのかもしれない。

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そして、

夜が静かに、

森を包んでいく。

道は、

まだ先へ続いている。

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その先に、

何があるのかは、

まだ分からない。

けれど、

もう少しだけ、

歩いてみようと思った。

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おついち。

名前を音にして、

その音から、

一つの風景を歩いてみる。

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湖に触れた指先から生まれた、

小さな波紋。

それは、

いつの間にか、

見えなくなっていた。

けれど、

見えなくなったからといって、

なくなったわけではない。

もしかすると、

人の心に残るものも、

そんなものなのかもしれない。

大きな出来事ではなくてもいい。

強い言葉でなくてもいい。

そのとき、

ほんの少し心に触れたものが、

時間の中で静かに育って、

いつか誰かの歩く道を、

そっと照らすことがある。

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今日の風景も、

いつか記憶の中へ帰っていく。

夕暮れの湖。

水面の光。

指先から広がった波紋。

森へ続く道。

そして、

遠くで小さく灯っていた、

ひとつの明かり。

その景色を、

心のどこかに置いておく。

必要なときに、

また思い出せるように。

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風景は、語らない。

ただ、

そこにある。

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そして、

私たちは、

その風景の中で、

自分だけの何かを見つける。

今日のあなたの中には、

どんな景色が残っただろう。

その答えも、

今すぐ見つけなくていい。

いつか、

ふとした瞬間に思い出したとき、

その風景が、

あなたの中で、

もう一度静かに広がっていくのだから。

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