名前を、ひとつの風景にしてみる。
その名前を声にしてみたとき、
どんな空気が生まれるのだろう。
どんな光が差し込み、
どんな道が、
その先へ続いているのだろう。
今日は、
「うえと あや」
という名前から、
ひとつの風景を歩いてみます。
最初は、
遠くまで見渡せる場所ではありません。
木々に囲まれた、
細い道。
朝の空気が、
まだ少し冷たい。
.
葉の間から差し込む光が、
地面のところどころを照らしています。
鳥の声が聞こえる。
風が葉を揺らしている。
.
足元には、
昨日まで降っていた雨の名残が、
小さな水滴になって残っている。
急ぐ必要はありません。
この道は、
どこかへ急いで行くための道ではないから。
ただ、
一歩ずつ歩いていく。
それだけでいい。
道は、
いつの間にか、
ゆるやかに上り始めます。
ほんの少しだけ。
気づかなければ、
見過ごしてしまうくらいの坂道です。
.
けれど、
一歩進むたびに、
木々の向こうが少しずつ明るくなっていく。
「あれ?」
と思って、
ふと顔を上げる。
木々の隙間から、
空が見えています。
.
さっきまで、
頭上を覆っていた緑の向こうに、
青い空がある。
もう少しだけ、
歩いてみたくなる。
最後の木々を抜けたところで、
景色が変わります。
目の前に、
広い空が現れる。
その向こうには、
幾重にも重なる山々。
谷間には、
白い霧が静かに残っていて、
遠くの水面が、
朝の光を受けて輝いています。
.
さっきまで歩いていた道が、
こんなにも高い場所へ
つながっていたことに気づく。
しばらく、
何も言わずに眺めていたくなる。
.
ああ。
そんな小さな声が、
心の中に浮かぶ。
ここまで歩いてきたからこそ、
見える景色がある。
空は、
今になって現れたわけではありません。
森の中にいるときも、
ずっとそこにあった。
.
ただ、
木々に遮られて、
見えなかっただけ。
遠くの山も、
光を受けた水面も、
ずっとそこにあった。
見えなかったものが、
見える場所まで来ただけなのです。
.
だから、
何かを無理に変えなくてもいい。
急いで答えを探さなくてもいい。
ただ歩いているうちに、
見えるものが変わることがある。
そんな日も、
きっとあります。
目の前には、
広い世界があります。
まだ知らない場所も、
きっとたくさんある。
.
けれど、
今すぐそこへ行かなくてもいい。
ここから眺めているだけでもいい。
風を感じる。
光を見る。
遠くの山を眺める。
雲がゆっくり流れていくのを見る。
それだけで、
心の中にあった何かが、
少しずつほどけていく。
人は、
前へ進むことだけが旅ではないのかもしれません。
立ち止まって、
自分が歩いてきた道を振り返ることも、
旅の一部なのだと思います。
やがて、
少しだけ風が変わります。
そろそろ行こうか。
そんな気持ちになる。
でも、
来た道をそのまま戻る必要はありません。
見渡してみると、
別の場所へ続いている小さな道がある。
その道を、
ゆっくり歩いていく。
山の斜面を下りていくと、
遠くから、
水の音が聞こえてきます。
さらさらと、
.
静かな音。
近づいてみると、
小さな流れがありました。
そして、
その上には、
古い木の橋が架かっています。
橋は、
立派なものではありません。
少し古くて、
ところどころ木の色も変わっている。
でも、
長い間、
ここを歩く人たちを渡してきたのでしょう。
橋の下を、
透明な水が流れている。
水面には、
夕方の光がきらきらと揺れています。
その脇に、
小さな花が一輪。
風に揺れています。
誰かに見てもらうために、
咲いているわけではありません。
ただ、
そこに咲いている。
その姿を見ていると、
さっき見た大きな景色とは、
また違う静けさが、
胸の中に広がっていきます。
さっきは、
どこまでも続く山々を見ていました。
今は、
目の前を流れる水を見ています。
.
どちらも、
同じ旅の途中にある風景。
大きな空を見る日もあれば、
足元に咲く小さな花を見る日もある。
遠くを見ることが必要なときもあれば、
すぐそばにあるものに気づくことが必要なときもある。
そのどちらも、
きっと大切なのです。
旅は、
いつか終わります。
この場所を離れて、
また日常へ戻っていく。
いつもの道。
いつもの街。
いつもの朝。
けれど、
今日見た景色まで、
なくなるわけではありません。
ふとした瞬間に、
思い出すことがあります。
朝の光。
山の向こうに広がっていた空。
霧の向こうに見えた水面。
そして、
小さな橋の下を流れていた水の音。
そんなものが、
いつの間にか心の中に残っている。
名前を、
ひとつの風景にしてみる。
そこに、
決まった答えがあるわけではありません。
どんな景色を感じるのか。
どんな道を歩くのか。
どこで立ち止まるのか。
それは、
その人の心によって違うのだと思います。
.
ただ、
もし今日の風景を一つだけ持って帰るなら、
僕は、
森を抜けた先で、初めて見えた広い空
を持って帰りたい。
そして、
そのあとに出会った、
小さな橋と、流れていく水
も。
大きな景色を見たあとだからこそ、
小さなものが、
以前より少しだけ美しく見えることがあります。
もし今、
少しだけ前が見えなくなっているとしても。
無理に答えを見つけなくていいのかもしれません。
今いる場所から、
ほんの少しだけ歩いてみる。
一歩。
また一歩。
.
そうしているうちに、
木々の隙間から、
思いがけず空が見えることがある。
そのときは、
急がずに、
しばらく眺めてみてください。
そして、
また歩きたくなったら、
ゆっくり歩けばいい。
.
あなたがまだ知らない景色は、
きっと、
その先にも続いています。
「うえと あや」
今日の旅は、
ここで終わります。
けれど、
風景は、
ここで終わりません。
あなたの日常へ戻ったあと、
ふと空を見上げたとき。
風の音に耳を澄ませたとき。
道の脇に咲く小さな花に気づいたとき。
今日の景色を、
ほんの少し思い出してもらえたなら。
そのとき、
この旅はもう一度、
静かに始まるのだと思います。
あなたの心には、
どんな風景が残りましたか?